常に二者択一を迫られる、ストレスだらけの日常。せめて大好きな「散歩」くらいは、途中で立ち止まり、振り返り、あえて小さな路地に迷いこみながら闊歩したい。 ゆっくりと自分の目線で眺めながら歩いてこそ、見えてくる何かがあるはず?!

2010年5月10日月曜日

◆荒れた海の色を求めて吉祥寺・棟方志功展に


 棟方志功氏の板画や倭画などの作品を前にすると、なぜか私は子どものころに眺めた、台風で荒れる海の様子を連想します。10年ぐらい前に出張で青森に立ち寄り、棟方志功記念館で初めてその作品を見たときにそう感じました。

 小学4年くらいだったでしょうか、台風で荒れる海を見たくて、1人で自転車をこいで堤防にいったことがあります。荒れた海は黒く、大きくうねって堤防に押し寄せ、波頭だけが青く迫ってきました。普段は波も穏やかで釣りなどを楽しんでいた遊び場の堤防。その海が豹変した姿に、驚いて立ちすくんだ記憶があります。

 そのとき強烈に受けた印象は、自然がもつスケールの大きさと怖さです。まさに後付で考えれば、「畏怖」というべき言葉のイメージそのもの。黒とも深い紺色ともつかない、海の色にオーバーラップされて、このイメージが頭の中にインプットされました。

 そんな「畏怖」の感覚を棟方志功氏の作品に感じるのはなぜか? 自分なりに分析すると、作品の色づかいにあるように思えます。もちろん、氏の作品の力強く、時に荒々しい構図にも寄るところが大きいでしょう。ただ、私にとって、墨をベースにした深みのある青、赤、緑などの配色が、あの荒れた海のイメージを呼び起こすように感じるのです。

 出版・編集現場で使われる特色見本帳(印刷会社が提供するさまざまな色のパターン帳)で言えば、「日本の伝統色」というカテゴリに分類される配色と説明すればよいでしょうか。氏がこだわったという日本凧や、あの「ねぶた」の配色にも共通するものがあります。

 そんな色を求めて、武蔵野市立吉祥寺美術館で開かれている「カガヤクシゴト 棟方志功展」を訪れました。5月23日まで開催されているので、興味のある方はぜひ足を運んでください。小規模な展示ですが、入場料金は100円です。

 棟方志功氏は疎開先の富山で浄土真宗の教えに触れ、その影響を受けたといわれています。展示にはそんな氏の代表作の1つである「二菩薩釈迦十大弟子」の板画もあります。また、「何度彫ってもどこか文字を入れ忘れてしまう」と回顧した、宮沢賢治の詩を刻んだ板画もあり、興味をそそられます。

驚いても、オドロキキレナイ。
喜んでも、ヨロコビキレナイ。
悲しんでも、カナシミキレナイ。
愛しても、アイシキレナイ。
それが板画です。


 世界的に認められた木版画作家である棟方志功氏が、残した言葉です。
※通常は「版画」ですが、棟方志功氏は木版へのこだわりから、あえて「板画」という表現をしていました。

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